ラクロスの起源と歴史①

はじまりからスポーツとしての成立まで

· ラクロス豆知識

今回はラクロス豆知識編、その起源と歴史についてのお話です。

みなさん、ラクロスの起源ってご存じでしょうか?
その起源は12世紀初めにさかのぼり、北米の先住民族のゲームが始まりだそうです。

日本は平安時代後半、平家が出てきた頃ですね。
ちなみに平清盛が生まれたのは1118年です。
五条大橋で牛若丸と弁慶が刀となぎなたを交え同じ頃アメリカでは先住民がクロスを握っていた。
まーったくの余談ですけど、こう想像すると歴史って面白くないですか?

 

▼ラクロスの原型はこんなだったようです。当時フランス人やイギリス人が旅の最中に見かけ、こうした絵が残っています。 “Indian Ball Game” by George Catlin (スミソニアン博物館) 出典: World Lacrosse

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▼思いっきり両手を使ってタックルしています。戦争の訓練や代替だったというのも納得。“Sioux Playing Ball” (by Charles Deas, 1843 出典: World Lacrose

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話を戻して、900年前の北アメリカ。

このラクロスの原型は、ただの遊びではなく、重要な宗教的な儀式でもあったそうです。

自分たちと神々とのつながりを深めるために、試合前シャーマンがセージや杉の葉を火にくべ、神聖なパイプによる清めの儀式が行われました。

また、戦争の訓練としての役割もあったとか。

このゲームを通じ、若い戦士を育てるわけです。

部族間のもめ事を解決するため、戦争を避けて、代わりにこのゲームを行ったという説もあります。

ルールは部族によっても異なったようですが、広大な場所で行われ、木や岩をゴールとして、その距離は500mから、場合によっては10kmもあったと言います。

参加するプレーヤー数には制限はなく、それは100人から10万人に及んだという推定も。

10万人!? 東京ドームの観客×2です。

上のような絵が残っていますが、うまく想像できません。

編集

▼ノースカロライナ州の東部チェロキー族による、競技前の風景。呪い師が清めの儀式を行い、女たちが大精霊に踊りを捧げる。(1897) 出典: Wikipedia

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▼北アメリカの先住民のラクロス選手の出で立ち。チョクトー族(左)、スー族(右二人)(1830's by George Catlin)出典: gettyimages

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ボールは、最初は木製だったようですが、のちに柔軟性を持つ鹿皮のボールになりました。
スティックも時間と共に発展して形が変わり、ネットは鹿の筋で作られたようです。
また、プレーヤー達は顔や体を飾るために炭でペイントを行っていました。

そして、時が経って1600年代。アメリカの東海岸に、ヨーロッパの人々が来て、移り住むようになりました。
イエズス会のフランス人の宣教師がこのゲームを見て「ラクロス」と名づけたのだとか。
その道具が、修道士のもつ杖に似ていることから、フランス語で「杖」=「La Crosse」となりました。
だから、現在もスティックのことを「クロス」とフランス式で呼ぶのですね。

 

▼19世紀のカナダでのラクロスの試合 (スミソニアン博物館) 出典: World Lacrose

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そして、白人たちもプレーするようになり、スポーツの形になってきたのが1800年代。

1839年にカナダにて、白人チームと先住民チーム(ファースト・ネーション)が複数試合を行い、後者が全勝したという記録も残っています。

こうして白人の間でも人気が高まり、1867年にはラクロスはカナダの国技となりました。

 

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